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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)115号 判決

主文

一  被告東京都大田区洗足福祉事務所長に対する訴えを却下する。

二  被告東京都大田区は、原告に対し、金四万三六〇〇円及びこれに対する平成六年五月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告と被告東京都大田区洗足福祉事務所長との間に生じたものは原告の負担とし、原告と被告東京都大田区との間に生じたものはこれを三〇分し、その一を被告東京都大田区の負担とし、その余を原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  原告の請求

一  被告東京都大田区洗足福祉事務所長が原告に対してした別紙一の<1>ないし<4>の各処分を取り消す。

二  被告東京都大田区は、原告に対し金一五〇万円及びこれに対する平成六年五月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  前項につき仮執行宣言

第二  事案の概要

本件は、交通事故に遭って精神障害者である母親の介護ができなくなったとする原告が、被告東京都大田区洗足福祉事務所長(以下「被告所長」という。)に対してホームヘルパーの派遣を申請したところ、被告所長からこれを不承認ないし部分承認とする通知を受けたために右各通知の取消しを求めるとともに、被告東京都大田区(以下「被告区」という。)に対し、右各不承認による損害の賠償を求めて出訴した事案である。

一  本件訴訟に至る経緯(当事者間に争いのない事実等。なお、書証によって認定した事実については、適宜書証を掲記する。)

1 原告は、平成七年五月ころまで東京都大田区《番地略》丙川方(以下「原告住居」という。)に、母親である甲野ハナ(大正一五年一二月一日生、以下「ハナ」という。)とともに居住していた。ハナは、国民年金法三〇条二項、同法施行令別表にいう一級一〇号に該当する精神分裂病の疾患のほか、糖尿病、高血圧症及び狭心症の疾病を有しており、原告は、職業には就かず、専らハナの介護をしている。なお、原告及びハナ(以下「原告世帯」という。)は、生活保護の受給世帯である。

2 被告区は、身体上又は精神上の障害があって日常生活を営むのに支障がある高齢者の家庭に対し、高齢者ホームヘルパー(以下「ヘルパー」という。)を派遣して高齢者の日常生活の世話を行うため、大田区高齢者ホームヘルプサービス事業実施要綱(以下「本件要綱」という。)及び大田区高齢者ホームヘルプサービス事業取扱要領(平成六年四月一日における改正前のものを以下「本件要領」という。)を定めている。

それらによると、ヘルパーの派遣対象となるのは、大田区内に居住し、老衰、心身の障害及び傷病等の理由により臥床しているなど、日常生活を営むのに支障があるおおむね六五歳以上の者のいる家庭であって、高齢者又はその家族が高齢者の介護サービスを必要とする場合である(本件要綱2)。そして、日常生活を営むのに支障があるとは、調理、食事、用便、掃除、洗濯等が介護なしには行えない状況にあること(以下「対象者要件」という。)をいい(本件要領2(1))、介護のサービスを必要とする場合とは、家族が疾病、出産、事故、災害等により高齢者の介護サービスを必要とする場合等のこと(以下「介護者要件」という。)をいう(同2(2))。

また、ヘルパー派遣の要否は福祉事務所長が決定するが(本件要綱5(2))、その際には派遣申出書のほか、必要に応じて実態調査及び所内の職員で構成する判定会議等の結果が加味される(本件要領5(1))。派遣回数、派遣時間及びサービス内容並びに費用負担区分は、高齢者の身体的状況、世帯の状況を調査し、介護需要、派遣態勢等を総合的に勘案して決定する(同5(5)、本件要綱5(3))。

3 原告は、平成五年一二月四日に交通事故に遭い、同月五日乙山総合病院附属第二病院(以下「乙山病院」という。)に入院した。同日、被告所長は、原告から交通事故に遭ったためハナの生活の面倒をみられないとの申出があったことを知り、同日と翌六日につき各六時間のヘルパーの緊急派遣を決定した。

同月九日、原告は、被告所長に対し、対象者をハナ、一週当たりの派遣回数を三回、一回当たりの派遣時間を六時間とするヘルパーの派遣申出書を提出した。同月一五日付けで被告所長は、派遣時間を一二月五日から介護者(原告)の退院日まで、一週当たりの派遣回数を三回、一回当たりの派遣時間を六時間とする派遣通知書(洗祉収第三二六六号)を交付し、ヘルパーを派遣した(以下「本件第一通知」という。)。

4 平成五年一二月一九日、原告は城南病院を退院し、その後は通院による在宅療養をすることになった。同月二〇日付けで原告は、被告所長に対し、対象者をハナと原告、一週当たりの派遣回数を七回、一回当たりの派遣時間を八時間とするヘルパーの派遣申出書を提出し、被告所長は同月二一日にこれを収受した。さらに、同月二一日付けで原告は、被告所長に対し右派遣申出書の派遣時間を八時間から一二時間に訂正する申出を提出し、被告所長は同月二四日にこれを収受した。

同月二七日、大田区洗足福祉事務所の職員(以下「事務所職員」という。)ら三名は、調査のため原告宅に赴いたが、原告は、同職員らの制止にかかわらず、ビデオカメラで同職員を撮影すると共に来訪の趣旨を明らかにする証書を交付するよう要求した。同職員らと原告とは右の点をめぐって互いの主張を繰り返し、原告は、港町診療所の天明佳臣医師(以下「天明医師」という。)作成に係る同月二四日付けの老人派遣奉仕員等派遣に関する診断書(以下「天明診断書」という。)を提出したほか、積極的に生活実態の説明をすることをせず、同職員らも原告住居における原告らの生活状況まで踏み込まずに調査を終了させたが、原告住居からの帰りがけに原告住居周辺の店舗の分布状況等について調査した。

右調査の際に原告から提出された天明診断書中には、原告が歩行するには松葉杖が必要であること、右側足の着地は今のところどのような形でも疼痛を生じるであろうこと、右足第三趾は切断をせざるを得ないこと等の記載があり、同診断書添付の「日常生活力の状況」欄の記載中には、「自力可能」とするものと「一部介助」を要するとするものが各七項目あった。なお、同欄には、当初「自力可能」の番号符号1に丸が付されていたものを「一部介護」の番号符号2に訂正した項目につき、「排泄は、アパートの二階に住んでおり、二階トイレなく、ポータブル・トイレ使用。それで2とした。」、「寝具の片付けは、敷きっぱなしの状態である。実際には2」、「入浴は自宅に浴室なく訂正」、「洗濯も自分ではできない。(階段の下に洗い場があるため)」との付記がされていた。

一方、同月二八日に提出された大森赤十字病院の網野浩医師(以下「網野医師」という。)作成に係る同月二七日付け医療要否意見書(以下「網野意見書」という。)中には、右足第三趾は壊死に陥っており、切断術が必要である旨の記載があり、同意見書添付の「日常生活力の状況」欄の記載には、入浴が「創のため不可」とされていたほかは、一一項目全てについて「自分で可」とされていた。なお、排泄については「洋式」の指示に丸印が付せられていた。

同月二八日付けで被告所長は、右派遣申出を不承認とする通知(洗祉申収第三三五二号)をした(以下「本件第二通知」という。)。

5 平成六年一月四日付けで原告は、被告所長に対し、対象者をハナ、一週当たりの派遣回数を七回、一回当たりの派遣時間を二四時間とするヘルパーの派遣申出書を提出し、被告所長は同月七日にこれを収受した。

同月一四日、事務所職員は、新井整形外科において、原告の負傷箇所についての説明を受けた。同日提出された新井整形外科作成に係る同月一三日付け医療要否意見書(以下「新井意見書」という。)中には、右足第三趾壊死は著明で手術が必要と考えられる旨の記載があり、同意見書添付の「日常生活力の状況」欄には、自力可能とするものが九項目、一部介助を必要とするものが四項目、不明とするものが一項目あった。一部介助を必要とする四項目のうち、歩行については「杖使用又は付添が手や肩を貸せば歩ける」とされており、買い物については「軽いもので短い距離であれば可能」とされていた。

同月一八日、事務所職員らは、原告宅に赴いて原告及びハナの生活状況を調査した。この際、原告は、来訪の趣旨を明らかにする証書の提示を求めなかったものの、調査に必要がないのでビデオカメラでの撮影を止めてほしいとの同職員の要請にもかかわらず撮影を続けたが、同職員らは原告及びハナの実情の聞き取りを行い、原告自身がポータブル・トイレを使用していること、室内で踵を突いて歩行することは可能ではあるが相当に困難であること、患部の鬱血を避けるためになるべく足を挙げるようにしていること、ヘルパーの派遣がないので他人に手伝ってもらっていること、手伝いの者にはポータブル・トイレの排泄物を階下の便所へ捨てるよう依頼していること、買い物、入浴ができないこと、寝具は敷きっぱなしの状態であることを具体的に申述した。

同月二五日付けで被告所長は、右派遣申出を不承認とする通知(洗祉申収第三五八二号)をした(以下「本件第三通知」という。)。

6 平成六年一月二六日付けで原告は、被告所長に対し、対象者をハナ、一週当たりの派遣回数を七回、一回当たりの派遣時間を一二時間とする派遣申出書を提出した。二月七日付けで被告所長は、右派遣申出を不承認とする通知(洗祉申収第三九九五号)をした(以下「本件第四通知」といい、本件第一通知から同第四通知までを併せて「本件各通知」という。)。

7 平成六年二月一二日付けで原告は、被告所長に対し、対象者をハナ、一週当たりの派遣回数を六から七回、一回当たりの派遣時間を八から一〇時間とする派遣申出書を提出し、被告所長は同月一六日にこれを収受した。

同月二五日に提出された宮下外科作成に係る同月一八日付け診断書(以下「宮下診断書」という。)中には、原告は骨髄炎を併発していること等から歩行が困難であり、母親の介護は不可能である旨の記載があった。

三月三日付けで被告所長は、派遣期間を同日から四月一〇日まで、一週当たりの派遣回数を二回、一回当たりの派遣時間を三時間とする派遣通知書(洗祉申収第四一九四号)を交付し、ヘルパーを派遣した。なお、ヘルパー派遣はその後数回にわたり派遣時間等が変更され、五月末まで継続された。

8 原告は、被告所長の本件第一通知及び同第二通知に対して平成六年一月五日付けで、同第三通知に対して同月二九日付けで、同第四通知に対して二月一三日付けで東京都大田区長に対してそれぞれ審査請求をしたが、全て棄却された。

二  争点

本件の争点及びこれに対する当事者双方の主張の趣旨は、以下のとおりである。

1 原告に本件各通知の取消しを求める訴えの利益があるか。

(一) 原告の主張

障害者である高齢者のいる原告世帯に対する被告らの介護サービスとしては、本件要綱に基づく高齢者ホームヘルプサービスと生活保護法に基づく特別加算があるところ、生活保護法上における他法他施策優先の原則から、後者は前者によって認められない部分についてのみ適用があることになる。よって、生活保護法に基づく請求の範囲を確定するためには、前提として、本件各通知を取り消して、原告がホームヘルプサービスを受ける立場にあったこと及びその範囲を確定する必要がある。

また、原告は、被告所長の違法なヘルパー派遣拒否のためにさまざまな損害を受けたので被告区に対して国家賠償請求をしているところ、右損害の中には原告が貧しい中で無理をして付添看護人を雇った費用が含まれるが、右費用を請求するためには前提としてヘルパー派遣を拒否した本件各通知を取り消すことが必要である。

したがって、たとえ本件各通知の効果が期間の経過その他の理由によって消滅した後においても、原告にはなおその取消しによって回復すべき法律上の利益がある。

(二) 被告所長の主張

生活保護法に基く障害者加算は、その保護申請が却下された場合に右却下処分そのものを争えばよいのであって、本件各通知が存在することによって障害者加算の保護申請ができなくなったり、右却下処分を争えなくなったりするものではない。

また、一般に処分によって損害を被ったとする者がその損害賠償を請求するためには、当該処分の取消し又は無効確認を求める必要はない。

したがって、既に傷が癒えてヘルパーの派遣が必要なくなっている本件においては、原告に本件各通知の取消しを求める訴えの利益はない。

2 本件各通知は違法か。

(一) 原告の主張

(1) ヘルパー派遣の基準

本件各通知がされた後、被告区はヘルパー派遣の際の判断基準を別紙二(対象者要件の判断基準、以下「対象者基準」という。)・同三(介護者要件の判断基準、以下「介護者基準」という。)のとおり策定したが、右各基準は従前からの判断基準が明確化されたものにすぎないから、ヘルパー派遣制度は、本件各通知がされた当時も右各基準と概ね同程度の判断基準で運用されていたのである。介護者基準によると、派遣対象者の家族が病気又は怪我等により入院又は治療を要している状況においては、「治癒又は通常日常生活が可能の状況となるまで」の間、ヘルパーの派遣対象となるものとされている。

(2) 原告世帯の生活の具体的な状況

そして、原告が介護者基準にいう「通常日常生活が可能の状況」であったか否かは、一般的抽象的に考えるのではなく、原告の置かれた生活状況の中で考えなければならないところ、原告世帯における具体的な生活状況は、以下のとおりである。

ア 原告住居は風呂がなかったため公衆浴場に通っていたが、近隣の公衆浴場が廃業したため、遠くにしかない公衆浴場までタクシーを使って通っていた。

イ 原告住居は、狭くて急で手すりもない階段を上がっていく二階にあり、便所は和式であって外の一階にあった。

ウ 原告世帯では暖房に石油ストーブを使っていたが、石油の重い缶を一階から二階へ安全に運ぶのは相当な力を必要とした。

エ 原告世帯では三畳と四畳半という非常に狭い住居の中でポータブル・トイレで排泄をするため、部屋中に悪臭が漂い消臭剤が不可欠であるが、これは遠くの店でなければ売っておらず、購入が大変である。

(3) 原告の介護者基準該当性

(2)のような原告世帯の生活状況に照らせば、本件各通知時において原告は、怪我が治癒していなかったことはもとより、通常日常生活が可能の状況でなかったことも明らかである。

すなわち、

ア 原告は、医師から自宅で安静療養の必要があるといわれていた。原告は、局所安静のため、右足をできるだけ心臓より高い高さに、一日のうち一二時間から二〇時間上げていなければならなかった。たとえ安静加療を要する事態を脱したとしても、しばらくはハナの介護を行うことには困難があった。

イ 原告の右足は骨折し、指先は壊死し、疼痛、鬱血及びしびれのある状態であり、履き物を履くことも全くできなかった。

ウ 原告は、松葉杖をつかなければ歩行できず、部屋の中では四つん這いになって移動していた。

エ 原告住居の階段を松葉杖を使って一階から二階へ、二階から一階へと上下して移動するのは困難であり、ハナを介護して同所を移動するのは不可能であった。

オ 原告が、汚物の詰まったポータブル・トイレを持って原告住居の階段を上下して移動することは不可能であった。

したがって、原告が介護者基準に該当していたのは明らかである。

(4) ハナの対象者基準該当性

生活保護において家族介護料が支給されていることから明らかなとおり、ハナについて食事、排泄、入浴及び買い物等について常時介護の必要性があったことは疑う余地がない。さらに、ハナは内科上・眼科上の疾患を有していて、定期的な通院を必要としていたところ、一人で通院することもできなかった。

したがって、ハナが対象者基準に該当していたのは明らかである。

(5) 以上のとおりであるのに、ヘルパー派遣を原告の退院日までしか認めなかった本件第一通知及び全く認めなかった本件第二ないし第四通知は、憲法二五条、一三条、老人福祉法四条、二条及び本件要綱等に違反し、違憲違法である。

(二) 被告区の主張

(1) 本件第一通知

平成五年一二月九日に原告から提出された派遣申出書には、派遣期間の記載はなかったものの、介護者が入院のため一時的に不在であることが介護を必要とする理由とされていたために、被告所長は、派遣期間を原告の入院中として、本件第一通知をした。なお、同月一五日、城南病院に入院中の原告に対し、口頭で、派遣期間を介護者の退院日までとすることを伝えたが、原告はヘルパー派遣期間の延伸を申し出る正式な手続をしなかった。

(2) 本件第二通知

原告は、平成五年一二月二一日、被告所長に対してヘルパーの派遣申出書を提出した。

事務所職員らは、原告世帯の生活状況を把握して、ヘルパー派遣の要否を判断する資料とするため、同月二七日、予め原告に連絡した上、原告宅に赴き、調査を行った。原告宅では、事務所職員一名だけが入室して調査を行ったが、原告は同職員に対して常時ビデオカメラを構えてその一挙手一投足を撮影し、同職員の中止要請を聞き入れない上、同職員の生活状況についての質問には答えようとしなかったので、同職員は原告宅の生活状況の調査ができる状態ではないと判断し、同日の調査を終了させた。同職員らは、帰りがけに原告住居近隣の生活環境を調査したところ、半径一五〇メートル以内に日常生活を営む上で概ね必要な商店等が存在し、かつ土地も平坦で、坂道もないことを確認した。

さらに、右調査の終了直後、被告所長が原告に対しその動作能力を確認するために診断書の提出を求めていたのに応じて、原告から天明診断書が提出された。

他方、被告所長は、同月二八日に網野意見書を収受していた。

被告所長は、天明診断書は、港町診療所において初診で即作成交付されたものであるのに対し、網野意見書は、一二月一四日から原告を二週間診療した後の診断であったことから、原告の日常生活動作の診断については網野意見書に依拠することとし、原告住居近隣の生活環境をも勘案して、原告が自力で充分ハナを介護できるものと判断し、介護者要件に欠けることを理由に、本件第二通知をした。

(3) 本件第三通知

被告所長は、平成六年一月七日に、原告から派遣申出書を収受した。

事務所職員は、原告に対し、電話で生活実態の調査を行い、以下のとおり聴取した。

ア ハナの状態は従来と全く変わらず、原告が介助してポータブル・トイレを使用して生活している。

イ 原告は日常正常歩行ができないので松葉杖を用いて歩行している。

ウ 足の病状は回復してきており、朝起きたとき少し痛みがある時もあるが、以前と異なり、我慢できない程の痛みはない。

エ 病院へは、タクシーを利用して毎日通院している。

オ 現在は家政婦を雇っている。

被告所長は、同月一三日付けで、城南病院から原告が退院した平成五年一二月一九日時点での医療要否意見書を入手するとともに、原告が平成六年一月六日以降通院していた新井整形外科からも新井意見書を入手した。

城南病院の右意見書に添付された「疾病状況により日常生活に影響を及ぼす場合の参考意見」表の「日常生活力の状況」欄中の記載では、答のあった一二項目について、全部自力で可能とされていた。

同月一八日、事務所職員二名は、原告及びハナの生活実態を把握するため、予め原告に連絡の上、原告宅に赴いたところ、以下のとおり調査ができた。

ア 原告の話によると、原告は日常的に松葉杖を使い、悪い方の足も使って歩いており、台所に立つときには、悪い方の足を椅子で支えて作業する、用便にはポータブル・トイレを用いているとのことであった。

イ 原告は、同職員らの面前で松葉杖を用いないで歩いてみせた。原告の話によると、松葉杖なしで長く歩くと、痛みが出てくるとのことであった。

ウ 家政婦を雇っているとのことであったが、その日はいなかった。

エ ハナは、この日は身なりもきれいにしており、室内の衣紋掛には洋服が掛けられ、口紅を付けてお化粧もしていた。

オ ハナはテレビの相撲をみていたので、同職員が「お相撲好きですか。」と問いかけると、「テレビをつけたところ、続けて写っていたのでみていただけだ。」との返答があった。さらに、お風呂には入っていますかとの同職員の質問に対し、毎日入っていますとの旨の回答があった。また、今朝は何を食べましたかとの質問に対し、お粥を食べたがとてもおいしかった、毎日三食食べている旨の回答があった。そして、職員が体の具合はいかがですかとの質問に対し、お腹に赤い腫れができている旨の回答があった。なお、原告から補足して、布団についてはハナが自分で片づけることができる旨の発言があった。

カ 同職員らは、ハナの足腰の強さを確認するため、同人に座位から立ち上がってもらったところ、年齢相応にゆっくりとではあったが、五秒位で立ち上がり、支えも全く必要がなく、自力で歩行も充分可能と思われた。

被告所長は、新井意見書中には原告は歩行等で一部介助が必要とあるが、調査の結果に照らせば、原告は日常生活については自力で可能と判断し、原告住居近隣の生活環境等も勘案すれば、原告は独力で、ハナの介護が充分に可能であると判断し、介護者要件に欠けることを理由に、本件第三通知をした。

(4) 本件第四通知

被告所長は、平成六年一月二八日に、原告から派遣申出書を受領した。

事務所職員は、同年二月一日、新井整形外科の主治医を訪問し、原告の足の状態を尋ねたところ、初診時である一月六日より悪化はしていないが、このまま放置しておくと、菌をもらいやすく、要注意であるとの所見を得た。そこで、二月四日、同所において、主治医、原告及び事務所職員の三者で話し合いを行った。主治医は、原告の右足の病状自体は初診以降悪化も好転もしていないが、第三趾患部は切断手術が必要である旨の説明をし、事務所職員も手術を再三勧めたが、原告は頑に手術を拒否した。

被告所長は、新井整形外科の主治医によれば原告の足の病状は初診時以来変化がないということであり、今回の申出が本件第三通知から日数的にも間がないので、状況には何ら変化がないものと推察して、介護者要件に欠けることを理由に、本件第四通知をした。

(5) なお、被告所長が平成六年三月三日からヘルパーの派遣をしたのは、原告が放置していた右足第三趾壊死部分から骨髄炎を併発し、ハナの介護が不可能であるとの宮下診断書を平成六年二月二五日に受領したこと、原告が定期的な通院を要するハナを一か月近く病院に連れていっていない事実が確認され、このままではハナの生命に関わると判断したことによるものであって、本件各通知の時とは全く状況が異なるものである。

(6) したがって、本件各通知には違法はない。

3 被告所長の故意又は過失

(原告の主張)

(一) 対象者基準該当性

生活保護上、世帯員介護費が支給されていることから明らかなとおり、ハナについて常時介護の必要性があったことは疑う余地がなく、被告所長も、ハナのかかる状態は調査するまでもなく分かっていた。

(二) 介護者基準該当性

原告が、介護者基準にいう「通常日常生活が可能の状況」にあったか否かは、原告の置かれた生活状況の中で具体的に考えなければならないところ、原告住居の状況は2(一)(2)のとおりであって、本件各通知に際しての判定会議には、原告住居の状況を知っている生活保護担当者も出席して意見を述べていた。そうすると、網野意見書に排泄につき洋式なら自力で可とあっても、和式の便所しかない原告住居の状況を前提とすれば、原告が排泄をするにはポータブル・トイレによらざるを得ないことは経験則上被告所長にも容易に認識できたはずである。そして、足の悪い原告が汚物の詰まったポータブル・トイレを持って手すりもない狭くて急な階段を二階から一階へと移動することは不可能であったこと、人間の生活にとって最も基本的な用便ができない事態が「通常日常生活が可能の状況」といえないことは明らかであるから、被告所長にはかかる判断をしなかった点に故意又は過失がある。

これに対し、被告らが本件各通知の根拠として主張する網野意見書には、原告には日常生活が可能である旨の記載がある。

しかしながら、事務所職員は、網野医師に面接しながら、原告の具体的な生活状況について一切説明をしていないから、網野意見書は、原告の具体的な生活状況を捨象した一般的な動作能力に関する判断にすぎないものである一方、網野意見書と相違する天明診断書は、その記載から明らかなように、原告の具体的な生活状況を踏まえた診断結果であった。

よって、被告所長は、なぜ網野意見書と天明診断書との間に矛盾が生じたのかを充分に調査すれば、網野意見書をそのまま原告に当てはめることができないことを容易に判断できたはずであるから、被告所長にはかかる調査をしなかった点に故意又は過失がある。

しかも、網野医師の見解は、原告がハナの介護をすることは、介護の内容によりできることとできないことがあるというものであり、同医師は、事務所職員らに具体的に聞かれれば、介護できるかどうかを回答することもできたのであるから、被告所長にはかかる調査をしなかった点に故意又は過失がある。

また、網野意見書がこのように原告の一般的な動作能力に関する判断であったことからすれば、被告所長は、原告の具体的な生活状況を更に考慮する必要があったものというべきであり、原告世帯の生活状況を前提に考えれば、原告住居における汚物の処理が非常に困難であったこと、原告の移動には実際に松葉杖が必須であったこと等は明らかであるから、被告所長にはかかる判断をしなかった点に故意又は過失がある。

(三) 原告の介護可能性

たとえ、原告が日常生活が何とか可能であったとしても、他人を介護するためには、自らが普通の日常生活を送るための能力があるだけでは足りず、それをかなり上回る能力が必要であり、原告にかかる能力がなかったことは明らかである。

よって、被告所長は、医師の判断を求めるに当たっても、原告がハナの介護をすることができたかどうかを端的に質問すべきであったのにこれをせず、原告に日常生活が可能であったかどうかのみを尋ねていた。これには、仮に原告の介護可能性を質問すれば、医師から原告にはハナの介護はできないことを明確に指摘されるからである。

(四) したがって、被告所長には、違法に本件各通知をしたことについて、故意又は過失があったことは明らかであり、原告は、本件各通知によって、私費で付添看護人を雇用した費用等一〇〇万円相当の物的損害と、原告の生存を危うくされたこと等による二〇〇万円相当の精神的損害を受けたのであり、そのうち一五〇万円を請求する。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件各通知の取消しを求める訴えの利益)について

1 本件においては、原告に本件各通知の取消しを求める訴えの利益の存否が争われているところ、取消訴訟の趣旨、目的及び行政事件訴訟法九条の文言等よりすれば、処分の取消しを求める訴えの利益の存否は、原則として、口頭弁論終結時において当該処分が取消判決によって除去すべき法的効果を有しているか否かによって決すべきである。

そこで検討するに、本件各通知が違法であるとして取り消された場合には、法的には本件各通知に対応する原告のヘルパー派遣申出がある状態に戻ることになるが、口頭弁論終結時においては、原告が前記第二の一3記載の交通事故による怪我から回復し、もはや介護者要件に該当すべき状態にないことは、当裁判所に顕著である。

そうすると、仮に本件各通知が取り消されたとしても、現時点において再度原告世帯に右各派遣申出に基づいてヘルパーが派遣される可能性はないものと解される。

したがって、原告には、本件各通知の取消しを求める訴えの利益はない。

2 これに対し、原告は、生活保護法に基づく障害者加算を求めたり、本件各通知に係る国家賠償請求をする前提として、原告にはなお本件各通知の取消しを求める訴えの利益があると主張する。

しかしながら、障害者加算を求めるにはその旨保護申請をすれば足り、生活保護法が補足性の原理(四条)を定めているからといって、保護申請の前提として本件各通知を取り消しておく必要はないし、行政処分のいわゆる公定力は、処分につき権限ある機関によって取り消されるまで有効として取り扱うべきことを要求するのみで、適法として取り扱うべきことまで要求するものではないから、処分の違法を理由とする国家賠償請求の前提として、当該処分の取消しを求める必要もない。

したがって、原告の右各主張はいずれも採用することができない。

二  争点2(本件各通知の違法性の有無)について

1 《証拠略》によれば、別紙二の対象者基準及び同三の介護者基準は、本件要領の対象者要件と介護者要件とをそれぞれ明確化したものであり、本件各通知のされた当時においても、概ね右各基準と同様の基準によってヘルパー派遣の運用がされていたこと、対象者基準は、調理・食事等の列挙事由のうちどれか一つに該当すれば対象者要件を充たすとされていることが認められる。そうすると、本件要綱に定める「日常生活を営むのに支障がある」との対象者要件及び「介護のサービスを必要とする場合」という介護者要件は、対象者基準及び介護者基準によって具体化されており、右基準に該当する限り、本件要綱の要件を満たすものというべきである。

なお、この点について原告は、他人を介護するためには自らが日常生活を送るための能力をかなり上回る能力が必要であることを理由に、たとえ原告自身は「通常日常生活が可能の状況」にあって、介護者要件を欠くとしても、他人に介護する能力がなかったならばヘルパーを派遣すべきであった旨主張する。

しかしながら、原告の申出は本件要綱に基づくものであるところ、本件要綱は、対象者基準に該当する高齢者が家庭に存在することを前提に定められたものであって、介護者基準のうち「疾病」に関する部分は、「通常日常生活」において介護が可能であった者が疾病によって介護サービスを必要とするに至った後、治癒、又は治癒に至らないまでも単に自己の身辺の処理が可能というに止まらず、介護を含む「通常日常生活」が可能な状態になった場合に、介護サービスの必要が消滅するというものであるから、介護者基準を不当とする理由はないものというべきである。

また、ヘルパーの派遣回数、派遣時間及びサービス内容については、介護需要、派遣態勢等を総合的に勘案してされる被告所長の合理的裁量に委ねられている。そして、右派遣の要否、内容についての判断は、派遣を求める申出者から提出された派遣申出書を前提に、実態調査、判定会議の結果を加味してされるものである(本件要領5(1))。なお、右判断に当たっては、申出に係る事実関係を可及的に正確に調査把握する必要があるところ、ホームヘルプサービスの内容は対象者及びその家族の私事に密接していることから右派遣決定のための調査も申出者及びその家族の私事にわたる事項に及ぶことは避けられず、調査者は申出者及びその家族の人格の尊厳及びプライバシーの保護に留意すべきことを考えれば、その調査については一定の限界があるというべきであって、本件ホームヘルプサービス事業の円滑、迅速な遂行のためには、申出者においても派遣を必要とする事項について積極的に事実関係を開示することが予定されているものというべきである。

以下、本件各通知について順次検討を加えることとする。

2 まず、本件第一通知について判断するに、《証拠略》によれば、原告の一二月九日付け派遣申出書には、介護を必要とする理由として「介護者が一時的に不在(交通事故で入院中)」との記載があることが認められるから、被告所長が本件第一通知においてヘルパーの派遣期間を原告の退院日までとした点に違法は認められない。なお、この点につき、《証拠略》によれば、右申出書は原告が早急な派遣決定を求めて作成したとの事情がうかがわれるが、その記載事項及び本件要綱の趣旨に照らせば、これをもって本件第一通知を違法とすることはできない。

3 次に、本件第二通知以降の各通知(以下これらを併せて「本件不派遣通知」という。)について検討する。

まず、対象者基準該当性についてみるに、《証拠略》によれば、ハナは、被告所長から、生活保護法による保護の基準(昭和三八年四月一日号外厚生省告示第一五八号)別表第一の第二章4障害者加算(4)にいう「日常生活のすべてについて介護を必要とするもの」と認定され、その介護費が原告世帯への生活保護費に加算されていること、《証拠略》によれば、事務所職員らにおいても、ハナは常時介護を必要とする者であると認識していたことがそれぞれ認められ、これと本件訴訟に至る経緯等において認定した事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件不派遣通知当時、ハナが対象者基準に該当していたものと認めることができる。

そして、本件要領2(3)は、派遣対象者が伝染性の疾患を有している等ヘルパーが正常なサービスを行うのに支障があると認められる場合にはヘルパーを派遣しないことができる旨規定しているところ、《証拠略》によれば、原告世帯にはかかる事情は存在しないものと認められる。

4 次いで、原告の介護者基準該当性について検討する。

(一) 原告が本件不派遣通知の当時その生活状況に照らして「通常日常生活が可能の状況」にあったか否かについてみるに、該当箇所に適宜掲記する証拠によれば、以下のような事実を認めることができる。

(1) 平成五年一二月下旬ころの原告の主な怪我は、右足第二、第三趾の末節骨骨折、同第三趾末節の壊死並びに同第四趾の基節骨骨折及び挫創であった。

(2) 壊死した患部は、放置すると周囲に壊死部分が拡大する可能性があるほか、菌に感染した場合には敗血症や骨髄炎になる可能性があり、そのため患部を清潔に保つことが必要であり、患部が冠水することは避けるべきであるとされている。なお、患部を安静にしていたか否かは、骨髄炎に陥る可能性と直接の関係はないとされている。

(1)のような骨折では、浮腫を生じないようにするためにはなるべく患部を心臓より上に挙上しておくことが必要であるが、一方で余り長時間挙上すると循環障害に陥る危険性もあるので、通常は就寝時間中を含めて一日一二時間から二〇時間の挙上が望ましいとされている。

(3) 本件不派遣通知時ころの原告は、家の中を移動する時などの短い距離ならば踵を突いて松葉杖なしで歩行することができたが、長い距離を移動するには松葉杖でないと相当に困難であった。松葉杖を突いて移動する場合、一般に移動できる距離は一キログラムの荷物を持った場合で約五〇〇メートル程度であった。また、急な階段の昇降は不可能ではないにしても困難であり、殊に重い荷物を持っての昇降は相当に困難であった。また、布団等の重い荷物を持ち上げることも困難であった。

(4) 本件不派遣通知時ころの原告にとって、和式便所における排泄は不可能ではないにしても相当に困難であった。そこで原告は、ハナがそれまで使用していたポータブル・トイレを共用していた。汚物は最低ほぼ一日に一度の割合で、一階の便所に流して処理する必要があった。

(5) 原告住居は、三畳と四畳半の二部屋からなり、一三段ある比較的急な階段を昇った二階にある。右階段は五段上がった所に小さな踊り場があり、そこで左に九〇度向きを変えて続いている。右階段の外回り側は建物の壁で囲まれているが、内回り側は登り口に支柱があるのみで、いずれの側にも手すりはない。原告住居の便所は和式水洗方式で、玄関から出て階段を降りた右手にある。また、原告の洗濯機は一階にある。

(6) 原告住居前の路地を約二〇メートル進むとバス通りに出るが、右通りは南から北に向かって緩やかな上り坂となっている。バス通りを約三〇メートル北に向かうと道路の西側にあるスーパーマーケットを含め、右通り沿いには小さなスーパーマーケットが数軒あり、魚類、肉類、果物、調味料及び日用雑貨類等を扱っている。また、原告住居から半径一五〇メートル以内に、個人商店の魚屋、金物雑貨店及び履物店等が点在している。原告住居からの最寄りのバス停留所は、バス通りに出てから約一〇〇メートル北に行ったところにある「長遠寺前」である。

(7) 原告の通院先のうち、大森赤十字病院では整形外科での診察終了まで二時間程度かかることもしばしばあったほか、新井整形外科でも一時間程度待たされることがあった。

(8) ハナの疾病は、服薬が遵守されていればそれほど問題はないが、服薬を忘れると血圧が二〇〇以上に達する可能性がある。服薬管理が自分ではできないため、他人が常にその服薬を管理するとともに、継続的に診察を受ける必要がある。また、ハナ本人には自分が重篤な疾病にかかっており治療が必要であるとの認識がないため、他人が常にその様子を見守り、血圧上昇や低血糖を来さないように注意する必要がある。ハナが杖又は付添付きで歩ける距離は約三〇〇メートルであり、弱視のため二~三センチ四方の文字の判別が困難である上、他人との意思の疎通も充分にはできない。

(9) 原告は、城南病院からの退院後、一二月二〇日から二月三日までの毎日と二月八日は自費で家政婦を雇い、原告やハナの身の回りの世話や買物、通院の付添などをしてもらっていた。その費用は、総額で優に六〇万円を超える。この金は、原告が他から調達したり、生活保護費から貯蓄していた中から賄ったものである。

(10) 大森赤十字病院や新井整形外科では、原告に対し、右足第三趾の壊死部分が敗血症等になるのを防ぐためにその切断手術を再三勧めていたが、原告は、自分が一切責任を持つ旨を述べて右手術を拒否していた。平成六年二月一八日ころ、原告の右足第三趾壊死部分は骨髄炎に罹患し、その治癒には一か月以上を要した。このため、この間の原告の歩行等の日常生活能力は一層減退することとなった。

(二) (一)で認定した事実と本件訴訟にいたる経緯等において認定した事実を総合すると、本件不派遣通知時の原告の日常生活力については、排泄は二階のポータブル・トイレを使用する必要があり、そこに溜まった汚物を一階にある便所で処理することは極めて困難であったこと(なお、対象者基準から明らかなとおり、排泄後の後始末が困難な場合には日常生活を営むのに支障を来すものと解されることは、本件要領も前提としているところである。)、ハナと二人分の洗濯物を一階の洗濯機まで運び、湿った洗濯物を二階に持って上がることは相当に困難であったこと、ハナと原告の二人分の食料等を買いに行くことは不可能ではないが、多くの物を持てないため一日分の量であっても店との間を荷物を持って何往復もしなければならない可能性が高かったこと、敷布団の片づけも困難であったことが認められる。

また、ハナの介護についてみると、本件不派遣通知当時の原告にとってハナの通院に付き添うことは同女の視力や歩行能力に照らして相当困難であったこと、ハナを同行することが困難なため原告は自らの通院に際し原告住居を二時間以上空けざるを得ないこともあり、かかる原告の不在は前示のような疾病を抱えるハナの介護のためには好ましくないことが認められる。

右に認定した事実によれば、原告住居の状況を前提とする限り、原告の現実の日常生活力は、炊事の点を除いて天明診断書の記載内容に沿った程度のものであったということができる。

そして、右の点に加え、生活保護を受けていた原告が、月々の生活保護費の約四倍に当たる費用を支出して家政婦を雇用していたことや、前示のような原告世帯の介護需要などに照らすと、本件不派遣通知の当時、原告は「通常日常生活が可能の状況」までに回復しておらず、介護者基準に該当していたものということができる。

(三) これに対し、被告区は、原告は本件不派遣通知当時も日常生活が可能であった旨主張し、証人望月憲一及び保坂秀一の各証言中並びに網野意見書、乙一〇(一月一三日付け城南病院の医療要否意見書)、二〇及び二一号証の各記載中にもこれに沿う供述部分及び記載部分がある。しかしながら、既に説示したところによれば、網野意見書は原告住居の状況を前提とはせず、原告の一般的な動作能力を記載したものであることが明らかであり、証人望月憲一の証言中及び乙二〇号証の記載中、網野意見書の指標が原告世帯にもそのまま妥当することを前提とした部分も採用することができない。また、乙一〇号証も証人望月憲一の証言によれば、原告住居の具体的な状況を前提にしたものとは解し得ないから、そのうち原告は日常生活が可能である旨の記載部分も、やはり直ちには採用することができない。さらに、証人保坂秀一の証言中及び乙二一号証の記載中には、城南病院の主治医の話では原告が裁判所まで地下鉄で行くことは可能であると述べた旨の記載部分及び供述部分であるが、かかる一回的な行事への出席が可能と判断されたからといって、日常的にも荷物等を持った移動が不自由なく可能であるとの判断には直ちに結びつかないことが明らかである。

したがって、いずれの証拠も前記認定を覆すものではない。

5 右によれば、本件不派遣通知当時、原告世帯においては、ハナが対象者基準に該当し、原告が介護者基準に該当していたということができ、《証拠略》によって、当時、ヘルパーの需要が大きかったものと認められることを斟酌しても、一方で《証拠略》によれば、原告の骨髄炎が治癒し、怪我も全般的に軽快した後である平成六年五月一三日以降も、一日当たり三時間、一週当たり二日のヘルパー派遣がされているものと認められること等から考えて、本件不派遣通知時以降も、当時の介護需要、派遣態勢等に照らしても、少なくともこれと同程度のヘルパー派遣が適当であったものと解される。

したがって、原告世帯へのヘルパー派遣を一切認めなかった本件不派遣通知は、派遣が認められた場合に受けるべき原告の利益を侵害したこととなる。

三  争点3(故意又は過失の有無)について、

1 ヘルパーを派遣するか否かの判断においては、派遣申出書の記載のほか調査(なお、生活保護のための調査の結果であっても、それによって把握した事実を考慮すべきことは当然である。)及び判定会議の結論を加味すべきこと、本件各通知に際しても二度にわたって原告住居及びその周辺の調査がされていることは前示のとおりであり、《証拠略》によれば、本件各通知に際して開かれた判定会議にも、原告の生活保護を担当し、その従前の生活状況を熟知している事務所職員である保坂秀一係長及び岡安係員が加わっていることが認められる。

2 したがって、本件第二通知をするに当たっては、退院後の原告の状態が介護者基準に該当しないまでに軽快しているか否かが検討の要点であったということができる。

そして、平成五年一二月二七日の調査においては、原告住居の客観的状況を把握することはできたが、原告から具体的な事実の申述を得ることはできなかったため、原告もポータブル・トイレを使用していること、排泄物の処置の頻度、方法、階段の昇降方法、室内での日常生活の状況等から明らかにすることはできなかった(原告によるビデオカメラ撮影を事務所職員が甘受すべきいわれはないから、事務所職員が同日の調査を短時間で打ち切ったのはやむを得ない。)。もっとも、右調査当日に原告から提出された天明診断書には原告の生活実態に即した付記がされており、他方で、和式便所の使用の困難さをうかがわせる網野意見書が提出されていたことからすると、被告所長においては、原告からの調査協力がないとしても、既に開示されている天明診断書記載事項について天明医師に具体的内容を問い合わせることも可能であったとは考えられる。しかしながら、天明診断書における原告の生活実態に即した右記載は原告から伝聞した事実関係に従って天明医師が記載したものと解されるから、右事実関係については直接原告に確認することがより合理的な調査方法であったというべきであり、また、原告が自己の了解なしに事務所職員が医師等に任意調査することを不当であると主張していることがうかがえること、ホームヘルプサービス事業は被告区独自の住民福祉事業であって、被告区に広範な調査権を付与しているものではなく、申出者において必要な事実関係を開示することが予定されているものと解されることを総合すれば、天明医師に対して診断書の記載内容の確認等をしなかったことをもって過失ということはできない。

そうすると、原告が退院して日が浅い時期であったとはいえ、原告の負傷箇所が右足の第二ないし第四趾という身体の末端部分であったこと、傷害による苦痛の程度は具体的な症状又は個人によって差があるとはいえるものの、右足末端部の傷害による日常生活の困難さは、原告が日常生活上最も困難を極めた階段の昇降についても、階段外回りの壁に背をもたせ、右足は踵を使って行うことが、炊事・洗濯等の水仕事についても、患部をビニール袋等で覆って作業をすることが、またポータブル・トイレの処理についても、処理を一日数回とすれば、その重量に照らして右昇降方法によって行うことが可能とも想定し得ること、平成五年一二月二七日における調査で原告から具体的事実関係の開示がされなかった状況の下において、原告の現実の生活実態に応じた日常生活の状況を把握することができなかったことなどを総合すれば、原告が「通常日常生活が可能の状況」にあると判断したとしても、このことをもって直ちに被告所長の過失と評価することはできない。

3 しかしながら、本件第三通知をするに当たっては、既に、平成六年一月一四日に事務所職員による原告の負傷箇所の確認がされ、同月一三日付けの新井意見書には原告自身がその日常生活の一部介助を必要とすることが明記され、同月一八日には、原告から具体的な生活実態に即した説明がされているのであるから、前記二4(一)(1)及び(3)ないし(8)に摘示したような事実については、右通知時において被告所長も認識し得べきであったものというべきである。

また、本件第四通知時までに、原告の生活実態の改善を認めるに足りる証拠はない。

4 したがって、被告所長が、右のような事実を認識せず、介護者要件の認定を誤って本件第三、第四通知をした点には、過失があったものといわざるを得ず、右調査経過に照らせば、平成六年一月一九日以降についてはヘルパーの派遣が認められるべきであったということができる。

なお、原告は、被告所長は右のような事実を認識しながら、あえて本件各通知をした旨も主張しているが、右主張を裏付けるに足りる証拠は何ら存在しないから、原告の右主張は失当である。

四  損害

1 本件第三、第四通知によって、原告は平成六年一月一九日から平成六年三月二日までヘルパー派遣を受けられないという不利益を受けた。そして、平成六年一月一九日ないし平成六年二月三日及び同月八日の一七日間について原告が私費で家政婦を雇っていたのは前示のとおりであるところ、一週間六時間の割合で計算すると、うち少なくとも一五時間分についてはヘルパー派遣がされれば不要な出費であったものというべきである。また、二月九日から三月二日までの二二日間において、原告が独力でハナを介護しつつ生活していたのは前示のとおりであるところ、一週間六時間の割合で計算すると、原告は少なくとも一八時間分についてはヘルパー派遣を受けることができ、その便益を享受し得たはずである。

そして、《証拠略》を総合すれば、原告世帯については、ヘルパー派遣に係る費用負担は求められていなかったことが認められる。

したがって、合計三三時間分のヘルパー派遣を違法に拒否されたことが、本件第三、第四通知によって原告が被った損害ということになる。

そして、《証拠略》によれば、原告が支出したものと認められる本件不派遣通知ころの原告住居付近における家政婦の一時間当たりの平均的な資金としては一二〇〇円が相当であること、家政婦を雇用する場合には、これとは別に家政婦紹介所に対する紹介手数料としてこれに一〇・一パーセントを乗じた金額を徴収されるのが通常であることが認められる。

したがって、本件不派遣通知による原告の損害額は、別紙四の計算のとおり、四万三六〇〇円と認めるのが相当である。

2 これに対し、原告は、平成六年二月九日以降原告自身が独力でハナの介護をせざるを得ず、無理を強いられたために膝痛や踵腫が生じたのであり、これも本件不派遣通知による損害に含まれる旨主張し、《証拠略》中並びに甲一〇一、一一二(平成六年三月一日付け港町診療所の診断書)及び一一三号証の各記載中にもこれに沿うような供述部分及び記載部分がある。

しかしながら、証人網野浩の証言や乙二一号証に照らせば、甲一一二号証の記載のみから、家政婦の派遣が止んで一か月足らずの間における介護によって原告の膝痛が生じたこと、被告所長による一週当たり六時間程度のヘルパー派遣がされていればかかる症状を生じなかったはずであることはいずれも認めることができないし、甲一一三号証は、原告に対するヘルパー派遣が再開されて二か月以上経過した後の診断書であって、やはりこれのみから踵腫と本件不派遣通知との因果関係を認めることはできず、他にこれらを認めるに足りる客観的証拠はないから、原告の右主張はいずれも採用できない。

3 また、原告は、独力の介護によって無理を強いられたことや、原告世帯の生存を脅かされたことなどによって、金銭賠償によって償われるべき程度の精神的損害を受けた旨主張している。

しかしながら、本件第三、第四通知と原告が主張する身体上の疾患との間に因果関係を認めるに足りる証拠がないのは前示のとおりであるし、原告世帯が生活保護を受給していることを前提にしても、本件不派遣通知と相当因果関係があると認められる家政婦雇用に係る出費が、その同額の金銭賠償のみによっては賄えないような特別の精神的苦痛を原告に与えたものとまで認めるに足りる証拠はない。さらに、ハナが精神分裂病や糖尿病の疾病を有しているとの前示認定を前提としても、本件第三、第四通知によって原告自身及びハナの生存を脅かされたという原告の精神的苦痛が、一般的な焦燥・憂慮の念を超えて社会通念上の受忍限度を上回る程度にまで達し、人格的利益としてそれ自体独立の法的保護に値するに至ったものと認めるに足りる証拠もない。

したがって、原告の右主張は失当である。

五  結論

以上のとおりであるから、原告の被告所長に対する訴えは訴えの利益を欠く不適法なものであるので却下し、被告区に対する請求は四万三六〇〇円の限度で理由があるので認容し、その余は棄却することとし、仮執行宣言はその必要がないのでその申立てを却下する。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 竹野下喜彦 裁判官 岡田幸人)

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